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ジョージ・A・ロメロ監督が7月16日に肺がんで亡くなった。サバイバル・オブ・ザ・デッド以降、音沙汰を聞いていなかったし、ランド~のころから相当痩せこけた姿だったので長くはないなと思っていたが、訃報を目にしたときはやはりショックだった。

本来の主戦場であるラジオでなにかしらコメントすべきとは思ったのだが、すでに1カ月近くが経過しており、次の収録まで1カ月以上もある。ツイッターではとても書ききれないので、ブログの場を使用することにした。

[P]forth



■ゾンビの創造者?

ロメロの死後、インターネット上ではやれ「現在まで続くゾンビの生みの親」だの、やれ「ホラー映画界の超巨匠」だの、よくある死人の持ち上げが行われているが、自分個人にとっては、ロメロはあくまで創作物における現在までの「ゾンビ」というキャラクターの確立者であり、そのことについてあまり重要だとは思っていない。

人によれば、ゾンビという物自体ロメロが生み出したと思っているかもしれないが、もとはブードゥーの儀式の一つであり、ゾンビが出てくる映画自体も1932年の「恐怖城」がはじめといわれている。そもそも、ロメロが初めてゾンビを扱った1968年の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」自体が、リチャード・マシスンの小説「地球最後の男」の吸血鬼の部分を人肉を喰う生ける屍に置き換えたもので、それほど独創性があるものではないのだ。

■ロメロは狂った映画をつくった

では、私にとってロメロとはなんなのか。狂ったように面白い映画をつくった映画監督なのである。映画のジャンルの創造(確立)者は、ジャンルの数だけいるが、「ゾンビ」のように狂ったように面白い映画を生み出すことができる人はそうはいないのである。

ロメロは映画監督としては実に凡庸だ。作品の多くはパニック物であるが、いつも事の発端を描くことから逃げ、「既に起こっている」状態で観客をもパニックに陥れる。よく「乾いたドキュメンタリータッチ」と称されるが、それは劇映画をつくるのが不得手であるがため「演技者を傍から何気なく撮る」ことしか出来ないからである。それでいて、いやらしいまでに人間性を描くその根性は、のちに撮った映画「URAMI」の如くひねくれ根性の表れであろう。

では「ゾンビ」はなぜ狂ったように面白いのか。それは、ロメロ自身の趣味と時代・周囲の環境がマッチしたからではないか。「人間の汚さ、人間同士のいざこざ」を描くのは、ナイト・オブ~と変わらず、ゾンビはそれを炙り出すための要素に過ぎない。そこへ来て、ベトナム戦争後の大消費社会の到来により、ピッツバーグの片田舎でヒット作にも恵まれないロメロが抱いていた社会への不満は、消費社会への不満に変化した。自らが魔術師の如く手先として扱うゾンビ達によって消費バカを成敗し、「最後にゾンビが生き(死に?)残る」のがこの映画なのである。

■たかがホラー、されどソンビ

この映画がほかのロメロ作品と一線を画しているのは、そういった作者の思惑が見事に実を結んでいるからである。「ゾンビ」はよくできたスプラッターアクションスリラーであるが、2度も3度も見ていると、消費社会へのアンチテーゼでもあることがわかる。それがわかっているにも関わらず、我々はこの作品を見るたびに、スーパーマーケットでの「なんでも手に入る」暮らしに血湧き肉踊り、暴走族軍団の乱入に立腹し、スティーブンのエレベーターでの健闘に賛辞を贈る。見ている我々もロメロが憎む消費社会の主人公であり、ゾンビに喰われる方の人間なのである。そして、そのことに気付かず「ピーターとフランシーンは助かってよかったね」とエンドロールを眺めているのだ。

本来、映画の主人公は監督の代弁者であり、完全無欠のスーパーヒーローであり、最後に勝つもの。しかし、この映画の主人公は、「タバコくれないか」と言ってきた者に「持ってない」と言い捨て、次のシーンでうまそうに煙を吸う。物欲に目が眩み、仲間を窮地に陥れる。手柄を挙げたいがために無茶をして、仲間を窮地に陥れる。自分にとって格段に下の存在であるゾンビに対して我を忘れ、仲間を窮地に陥れる。って、どんだけ仲間を窮地に陥れれば気が済むのか。その最たるものが、略奪物をあたかも自分のもののように錯覚し、それを奪われることに憤怒して暴走し、ゾンビに喰われるのである。

映画は、主人公の行動に感情移入するものである。我々は、どれだけ「ゾンビ」の主人公たちが浅ましくとも、自分の心の奥底にある欲が共感し、感情移入してしまうのだ。では、同じ略奪者である暴走族軍団には感情移入しないのか。映画が始まって1時間、我々はピーター、ロジャー、スティーブン、フランシーンの理解者となり、ロジャーの死を乗り越え、ピーターを尊敬し、スティーブンとフランシーンの仲の行く末に気を揉んでしまっている。暴走族軍団は、自分たちの既得権を脅かす敵でしかないのだ。

たかがホラー、されどソンビ。ビジュアル面だけで「スーパー残酷」と言われたこの映画はこんなにも奥が深く、数多のフォロアー作品の比較にもならない、狂ったように面白い映画なのだ。

■家の中にゾンビがあふれる

そしてそして、もっとすごいのは、我々が実は消費社会の主人公であること、ゾンビに喰われる側であることを自覚してもなお、消費の亡者と化していることである。

この映画に狂わされた者たちは、映像ソフトを幾度となく買い続ける。VHS、LD、DVD、Blu-Rayとメディアが変わる度、内容はなにも変わらないのに財布の紐を緩めるのだ。ゾンビは製作の経緯から英語圏と非英語圏で権利者が違うため、編集の違う2バージョンがあり、荒編集の完全版と合わせて3つのバージョンがソフト化されている。しかもこれが、メディアが変わらなくとも5年ごとに「●●周年記念」と称され再販されるのだからたまったものではないが、もはやゾンビと化してしまった消費の亡者は、フレッシュな人肉を求めるようにamazonのカートに商品をぶち込んでしまうのだ。結果として、ただの1本の映画にしか過ぎない「ゾンビ」のソフトが家の中にあふれてしまうことになってしまう。

世界中でもっとも熱狂的ファンを多く獲得しているであろうスター・ウォーズでも同じような現象が起こっている。小金を持った老いたパダワンたちは「フォースとともにある」がために映像ソフト、フィギュア、ボトルキャップ付きのPEPSI、ビジュアルブック、ライトセーバーのレプリカ、コスプレグッズを買い漁っている。ただ、ちゃっかりもののルーカスと違って、お布施の如くゾンビの映像ソフトを買い続けても、我々が敬愛するロメロには一銭も入らず、袂を分かったプロデューサーのリチャード・ルビンスタインの懐に入るばかりであることはあまり知られていない。

■ゾンビと私

ロメロの「ゾンビ」という映画は、わたしBowにとって非常に大きな影響を与えた作品である。初めて見たのは小学校2年生(1987年)。近所にあったレンタルビデオ店「ミッキー」で借りた、もちろんアメリカ公開バージョンだ。それまで家にある「フライトナイト」や「バタリアン」のパンフレットの見開きページに恐れおののいていたにも拘らず、不思議な位ふつうに楽しんでいた。むしろ怖かったのは本編後に収録されていた「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」の予告編の方だった。

その後、自分の中で「怖いけど面白かった」映画の1本となりつつも触れることのなかったゾンビに再会するのは、7年後の1994年である。中学3年生ともなると、夏に肝試し的な「ホラー大会」を開きたくなるものだ。仲間内でそんな機運が高まり、私は真っ先に「ゾンビを見よう」と提案。ミッキーで同じビデオを借りてきた。そして「この映画は部屋を真っ暗にして、バラバラに別れて見なければならない」と勝手に演出し、友人たちを恐怖のどん底に陥れたのであった。改めて思うと、7年前に1度だけ見た映画を、どのようなシチュエーションで見れば最高なのか、あの時のクソガキはよく考えたものだ。

奇しくも、その年の秋、「ディレクターズカット完全版」と「ダリオ・アルジェント監修編」がGAGA配給で劇場公開され、大阪でも梅田のシネマヴェリテで封切られた。その時にはすでに「ゾンビ」ファンとなっていた私。なぜか劇場に行くことはなかったのだが、時が過ぎ去ってからテンションが上がってしまうのが私の悪いところ。通販で映画チラシを取り寄せ、1万2800円もするVHSまで購入してしまった。「日本版ファンゴリア」も読んでいる。もう戻れない。生ける屍への道まっしぐらだ。今思えば、これが映画熱を上げるきっかけになってしまい、後に大阪芸大映像学科に進み、映写技師にまでなってしまうのである。

その後も、ゾンビ3時間バージョンの有無について語っていたラジオ(誠のサイキック青年団)を聞き始め、その影響から始めたネットラジオの世界でゾンビ仲間と出会い、いまに至る。中学3年生の秋に劇場で見なかったという悔いも、シネマヴェリテの閉館公演、シアターN渋谷でのDVD発売記念で晴らした。今週は塚口サンサン劇場の追悼公演で1日おきに3回も見てしまい、頭の中ではGoblinの"Zombi"がエンドレスで鳴り響いている。

たかが1本のB級ゲテモノホラー映画にすぎない。しかし、スーパー残酷描写で人間の本質にナタをぶっ刺し、スクリーンの中でも前でも私のハートを喰い尽くす、そんな狂ったように面白い映画をつくってくれたジョージ・A・ロメロ監督。本当に感謝しています。ありがとう。
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案の定、師走が暴れだした為
11月が終わりました。
11月といえば
風邪を2週間ひいたり
「岸部露伴は動かない」を買ったり
ジュニアが3か月になったり
100日祝いをしたり
そんな1か月でした。
もう12月・・・
時の流れが速くなりすぎているので
ドラえもんの「時門(水門の形で時間がゆっくり流れる道具)」
が欲しくて仕方ないです。
あっというまに10月終わり
秋が無いまま、冬が来ようとしてます。
10月と言えば
Gが現れてパニックになったり
お宮参りに行ったり
家族写真撮ったり
ジュニアが2か月になったり
まどかマギカの録画ミスったり
良い事悪い事、3勝2敗な感じです。
11月は何が起こるのかな?
年末の気配がプンプンして怖いです。
9月は31日がなく、もう10月・・・
なんか変な感覚
家族と会えない生活が続いているから
ストレスが凄いです。
心臓が痛かったり、食欲が無かったり、
抜け毛が凄かったり、筋肉痛が2日後に出たり
おっさん街道まっしぐら
そうだ! ワインを飲もう!
時の流れは速いものでもう9月も終わりです。
夜風がしみる季節は好きですが、
仕事が忙しすぎて目がくらくらです。
ジュニアは日に日に大きくなり
あさりちゃんのアニメオープニング曲みたいに
かわいいあの子はジュニアくん
ぎゃんなき、駄々こね、たたみの嫌味~
ってな感じで騒がしく過ごしています。
このままの速度で行ったらクリスマスも
もう少し!早すぎるのも困りものですね

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